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最終ステージ モントロー~パリ・シャンゼリゼ 2009.07.27
7月26日 第21ステージ モントロー~パリ・シャンゼリゼ 164km
最終第21ステージは、モントローを出発し、パリ・シャンゼリゼにゴールする164km。ここまで走り抜いた156名の選手たちは午後1時35分、最後の“旅”へと向かうのだった。このステージにはもちろん、選手たちを苦しめる山岳ポイントはない。シャンゼリゼの周回コースに入るまで、ひたすら平坦の道をゆくが、すなわちこれはパレードの態となるのである。8ラップする周回コースのフィニッシュライン2周目と4周目が、今大会最後の中間スプリントポイントとして機能する。

オフィシャルスタートの旗が振られると、マイヨ・ジョーヌのアルベルト・コンタドールが猛然とアタック・・・というお道化が演ぜられ、この日がやはり純然たる「パレード」であることを知る。もちろん、ひとたびパリに入れば、レースは始まる。しかし、それもある意味「パレード」の一部ではないか。競り合っていても、互いにそれは敵ではない。前日の山頂で、すでに「終戦」が成立している。干戈を交えた敵同士、和やかな会話を交わしながら、集団はゆっくりと進む。ときにシャンパングラスを傾けて、集団はなおゆっくりと進む。そして111km地点。

ひとたびパリの市街地に入ると、集団は一気に動く。最初のアタックはアグリチュベルのシルバン・カルザティ。しかしすぐに吸収される。そして、次にアタックに出たのは、スキル・シマノの別府史之だ。そしてこれを6名が追い、ついに決定的な逃げグループが形成された。構成は、フランセーズデジュのユッシ・ベイッカネン、ケスデパーニュのアルノー・コヨ、コフィディスのサミュエル・ドゥムラン、Bboxブイグテレコムのアレクサンドル・ピショ、クイックステップのカルロス・バレード、ミルラムのファビアン・ウェグマン、そして日本の別府史之。3周目に入り、逃げグループはメイン集団に35秒差をつけた。カチューシャのミハイル・イグナチエフが単独で追撃に入りやがて追いつくが、脱落してしまった。コロンビアの9名がメイン集団の先頭に位置し、最後の“発射準備”に余念がない。

メイン集団の先頭は、パリに到着以来ずっとコロンビアチームだったが、一度3kmほどガーミン・スリップストリームの選手たちがペースコントロールに出てきたことがある。カベンディッシュを破ったこともあるタイラー・ファーラーをなんとかいい位置で送り出したいガーミンは、逃げグループを捉えた残り5kmの地点で前に陣取り、数分をそこで過ごした。残り1kmを知らせる“フラミンルージュ”をくぐると、各チーム最後の仕上げに入った。ジョージ・ヒンカピーが加速し、発射台ごとロケットを誘導する。コロンビア列車はここで“離脱”、レンショウ発射台が最後の位置取りを済ますと、カウントダウンが終わった。カベンディッシュロケットが唸りを上げゴールまで一直線に突き進み、発射台のオージーは勢いのまま2着でフィニッシュラインを越えた。今大会の6勝目は、徹頭徹尾、いつもの形で執り行われた。独走でたどり着いたゴール手前数メートル、勝利を確信したカベンディッシュは両手をいっぱいに広げ、そのまま悠然とフィニッシュした。自身に捧げ続けたチームメイトと肩を組み、共に並んで勝利の歓びを分かち合う、そんな仕種にも見えた。

アルベルト・コンタドールはこのステージ、97位でゴール。タイム差はつかず、自身二度目のタイトルを確定させた。2位のアンディ・シュレックに4分11秒差、チームメイトのランス・アームストロングに5分24秒の差をつけての勝利だった。ポルカドットの山岳賞ジャージはフランコ・ペリゾッティのもとに。イタリア人の山岳王は1992年以来のことである。総合優勝を争ったアンディ・シュレックが新人賞に選ばれ、マイヨ・ブランを着て表彰台に上がった。三賞受賞セレモニーでグリーンジャージを着て登壇したトール・ヒュースホウトは、2005年に次ぐキャリア二度目の栄誉となった。そして、日本人には嬉しい報せ。この日逃げを決めた別府史之が最終第21ステージの敢闘賞に選ばれたのである。第2戦の新城幸也ステージ5位に匹敵する、途轍もない活躍といえるだろう。

映像提供:ASO
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